自分が作った、と思える仕事をしたい
静岡県菊川市で、2023年に「株式会社千把農園」を設立した千把みどりさんは、一級建築士の国家資格を持っています。高校受験のため将来の進路を考えた時、ものづくり関係の仕事に就きたいと思いました。普通科の高校を卒業し大学へ進み、大手建設会社に就職します。仕事はビルを建設する部署の現場監督です。千把さんは1棟のビルを建てるために10人もの現場監督がいるような、大きな規模の建築現場に配属されました。
建物を建てる仕事がかっこいいなあと思い進んだ道ですが、いつの間にかそれほど魅力的には思えなくなりました。現場監督の仕事は指示を出すところまでです。実際に体や習得した技術を使って建物を建てていくのは職人たちでした。東京で2棟のビルの建設にかかわりましたが、その建物を前にして、「自分が作った建物です」と自信を持って言えるかというと、そうではありませんでした。
千把さんは神奈川県相模原市出身で、田んぼや畑がない住宅街で育ち、農業とは全く縁のない日常を過ごしました。しかし、高校進学のための進路を考えていた時、農業系の高校への進学も選択肢のひとつでした。建設現場で監督をしながら自分が作業をしなくても出来上がっていくビルを見ているうちに、その時選ばなかった農業を思い出していました。現場監督の仕事は農業に例えると、栽培計画は立てますが、実際には自分の手で種をまいたり植えたりはしない、ということと同じです。種をまくところから始めて、苗を育て収穫するという、一から十までの全部に自分が手をかけ、「このレタスはまちがいなく私が作りました」と、自信を持って言えるような仕事をしたいと思うようになりました。
農業については全く知らなかった千把さんですが、ずっと心の片隅にあった農業の道へのとびらを開けてみようと、東京で開催されていた「新・農業人フェア」を尋ねました。
コロナ禍の中での出会い
2021年9月に東京で開催された「新・農業人フェア」は、新型コロナウィルス感染症対策のため、対面とオンラインを組み合わせて行われていました。千把さんは農業関係者に直接会って相談ができると思い参加しましたが、ほとんどがオンラインでの対応です。たくさんのパソコンが並んでいて、その画面越しに話をする、という状況でした。実際に担当者と対面できる会社は数社しかなく、その中でも関東から参加しているのは群馬県昭和村の「野菜くらぶ」だけでした。
野菜くらぶのブースは、同じ群馬県昭和村にある関連会社の「グリンリーフ」といっしょで、その時はグリンリーフの取締役、田頭登紀さんが対応していました。田頭さんは、農業について何も知らない千把さんに、「まずは1回群馬に来てください」と言います。千把さんは、「農業関連の仕事については、インターネットで調べたりイベントに参加したりしていましたが、新型コロナの影響で直接人と会うことができず、思うような情報を得ることができていませんでした。グリンリーフの田頭さんが対応してくれたことがありがたく、野菜くらぶもグリンリーフもあまり知らなかったのですが、群馬へ行ってみることにしました」と、その時の出会いを振り返ります。
野菜くらぶの専務取締役の毛利嘉宏さんによると、新・農業人フェアに来た人に、1度群馬に来てみませんか、と言っても、千把さんのように実際に行動に移す人は10分の1しかいないということです。
群馬県昭和村へ行った千把さんは、グリンリーフの畑や加工場を見学しました。そこで知った野菜くらぶの独立支援プログラムに興味を持ち、昭和村の農家の竹之内光昭さんを紹介してもらいます。竹之内さんに誘われ3日間の体験研修を終えた後、静岡県菊川市で「やさいの樹」を経営する塚本佳子さんの農場へ向かいました。やさいの樹は、何人もの従業員がいる規模の大きな農場です。千把さんは大規模ではない農業経営を希望していると伝えると、塚本さんは同じ菊川市で、家族経営をしている「弓削農園」を紹介してくれました。静岡での3日間の体験研修のうち最後の1日は弓削農園に行きました。
「自分が静岡で就農すると決めたのは、弓削農園を知ったことでした」と、千把さんは振り返ります。「自分が多くの従業員を抱え、大規模な農場を経営している姿は想像ができませんでした。弓削さんのように、家族とパートさんとの少人数で運営したいと思いました」
野菜くらぶの仲間へ
就農への気持ちを固めた千把さんは、独立支援プログラムの研修を受けます。最初の4か月半は群馬県昭和村で家族経営をしている農家の竹之内信一さん、9月からは弓削農園で研修をしました。夏の間の2週間は、青森県黒石市の山田広治さんの農場、「サニタスガーデン」でも研修を受けました。
「研修先によって内容は違いましたが、何でも教えてもらい、何でも体験させてもらいました。その中で一番勉強になったのは、弓削農園で畑を1枚借りて、種まきから苗作り、収穫までを全部一人でやらせてもらったことです」と千把さん。「塚本さんが『やってみたら』と言ってくれたので、できたレタスを見てもらったら、『これなら大丈夫』と言われました」。その一言は大鼓判を押されたようで、大きな自信となりました。
千把さんは研修中に、野菜くらぶ静岡のレタス部会など、生産者が集まるさまざまな会合やイベントに出席しました。毎週、一人の生産者が持ち回りで、全員の出荷前のほ場へ行き品質等を確認する「ほ場回り」にも参加しました。「皆さんの畑を見せていただいて、とても参考になりました」と千把さん。こうして1年間の研修を終え独立し、「株式会社千把農園」を設立して野菜くらぶの一員となりました。
野菜くらぶの独立支援プログラムを受けるための条件の一つに、「就農後は野菜くらぶのメンバーとなり、生産した野菜は野菜くらぶに出荷すること」、があります。千把さんは、最初から野菜くらぶという出荷先があったことは、農業を始めるうえで、大きな利点でしたと言います。一般に、新しく農業を始める人は販売先を探さなければなりません。「自分は営業できる自信は全然ありませんでした。野菜くらぶが全面的に販売を担当しているので、栽培に専念することができました」。さらに、野菜くらぶのメンバーになったことによって、生産者全員に仲間として接することができます。わからないことは尋ね、技術を教えてもらうこともあり、新規就農者にとってはとても心強いことでした。
自分で作る喜び
千把農園がある菊川市は、市街地を抜けると、茶畑や、レタス、ブロッコリーなどの畑が広がる田園地帯です。大都会で暮らしていたこともある千把さんは、ここに移り住んで農業を始めてから、穏やかになった自分を感じています。品質のいい野菜ができて、食べる人においしいと言ってもらえる時が一番幸せですと言います。
昨年1月に出産し一児の母になり、生活も大きく変わりました。「ほぼ1年間、ほとんど畑へ行くことができませんでした。そんな私を支えてくれたのが、私の就農したいという思いを受け入れ、それまでの仕事を辞めて一緒に農業を始めていた夫でした」。しばらくは農園の規模はこのままで、子育てと畑作りを両立できるような仕事をしていきたいと言います。建設会社で働いていた時のような満たされない思いはもうありません。子どもが自分を見てかっこいいと思うようになり、一緒に仕事ができればいいと、将来の夢も描けるようになりました。
独立してから3年目の千把さんは、「できたレタスは、大失敗の時とうまく育った時の差が他の人の何倍も大きいです。その差を縮めていくことがこれからの目標です。それから、今は周りの生産者の方に教えてもらうことばかりですが、早く肩を並べられるようになりたい」と言います。しかし何より、この野菜は自分で一から作っている、という実感を持てる仕事をしていることに大きな幸せを感じています。野菜は、工業製品のように、誰が作っても同じようにできるとは限りません。選ぶ種や、光や温度などの自然条件、また、作る人の手のかけ方により、収穫する時の姿が変わります。「畑には生産者の人柄が現れると言われています。塚本さんの畑には元気で堂々としたレタスが並んでいます。弓削さんの畑のレタスは、ちょうどいい大きさのものがきれいにそろっています」。千把さんは、これから自分が作る畑の姿がどんな風に表現されるのかを、とても楽しみにしています。



























